今回は、わたしがよく相談を受ける手形に関する問題について2、3話してみます。
手形は一口で言えば、金銭の代わりをする重要なもので、通常よく利用されているのは約束手形、小切手というところでしょうか。
では、早速皆さんからよく受ける質問についてお話ししていきましょう。 |
1、 |
手形を盗まれた場合
例えば、会社の事務所に泥棒が入って、額面100万円の受取手形が盗まれてしまった。どうしたらよいか。
もし、これらの手形で支払の請求を受けたら応じなければならないか。
まず、貴方がなすべきことは、盗難にあった受取手形について、振出人に事情を説明して、振出人の方から支払銀行に事故届を提出するよう頼んで下さい。
このように、振出人から事故届が出されますと、支払銀行としては振出人が支払銀行に対して委託していたその手形の支払委託を取消してきた訳ですから、万が一その手形が支払のため呈示されてきても支払いを拒絶することになります。
その結果、貴方の権利は保護されることになります。
この事故届けは、振出人からなされたものだけが有効ですから、貴方自身が銀行にこのような届出をしても、支払委託取消の効果はありません。
次に、前述のように盗難にかかった手形であっても、これが第3者に取得されてしまいますと、振出人としては、その第3者が悪意か重過失にあったこと即ち盗難手形であることを知っていたかあるいは重大な過失によってそのことを知らずに取得したのだと言うことを主張・立証しない限り、支払いに応じなければ、なりません。
と言うことは逆に言えば、貴方自身はこの振出人にいくら請求しても彼としては二重払いになりますので、支払に応じる訳はありません。貴方としては、振出人が抱くこの二重払の危険を取り除いてあげる必要があります。そのための制度でが、除権判決という制度です。
除権判決といいますのは、裁判所に対し紛失した手形や小切手の無効宣言をしてもらう手続のことを言います。
先ず、支払地の簡易裁判所に公示催告の申立をします。
この申立があると、裁判所は6ヶ月以上の期間を定めて公示催告期日を指定し、その時までに権利があると主張する者はその旨届出をするようにと官報などに公示します。
その期間までに届出がないときは、裁判所に除権判決の申立をして、その判決を貰うことができます。この除権判決が出れば、紛失した手形や小切手に記載してある金銭支払の権利は無効となりますから、この判決の時までの間に手形や小切手を正当に取得した者がなければ、判決後に振出人に対して手形を呈示して支払を請求しても、振出人はそれに応じなくてもよいことになります。
逆に言えば、振出人は既に二重払いの危険から解放されたので、手形を所持しない貴方からの請求にも応じるものと思われます。
このように、除権判決を得るには、7、8ヶ月期間がかかるものですから、この間先程述べましたように振出人にお願いして事故届を出して貰い支払をストップしておく方が安心で確実です。 |
2、 |
手形をだまし取られた場合
次に、例えばある品物の代金として、貴方名義の手形を差出し交付したところ、その品物は他人の所有物だったとか、あるいは他人に信用をつけるためにちょっとだけ手形を貸してくれ直ぐ返すから等手形をだまし取られる態様は千差万別だと思われます。
このような場合、だまし取られたその手形を無効にすることはできないでしょうか。
また、その手形が既に第3者に渡ってしまっている場合はどうなるのでしょうか。
一般に民法上、前述のようにだまされて取引行為をした場合には、詐欺を理由にその取引行為を取消すことができます(民法96条)。
ところが、手形は本来、多くの人の間を転展流通するものであることが予定されているものです。
従って、手形について、無制限に最後の手形所持人に対してもなお前述の民法の原則を適用して、詐欺にもる取消を認めるとなると、手形の信用を害することになり、手形の持つ効用を否定することにもなりかねません。
そのため、手形の振出しや裏書に関しては、詐欺を理由とする取消しを貴方をだました直接の相手に対しては主張できますが、前述の詐欺の事実を知らないで手形を取得した善意の第3者には取消しを主張することはできないことになっています。
従って、貴方としてはこのような第3者からの支払請求を拒否しようと思えば、その人がこの手形は貴方がだまされて振出し裏書されたものであることを知りながら、取得したものだと言うことを証明しなければなりません。しかし、この証明は正直言って至難です。
さらに、注意すべきことは、この場合には前項の手形を盗られた場合と違って、その手形が無効だと言う除権判決の申立をすることはできません。
だまされた場合は、錯誤があるとは言え自分の意思に基づいて手形行為をしたのであるのに反し、盗られた場合は自分の意思に反して自分の手から離れていってしまったからです。ですから、盗られたときに限らず、例えば駅や役所のベンチに手形を置き忘れて紛失してしまった場合にもやはり自己の意思に反して、流通におかれたことには変りありませんから除権判決の申立が可能です。 |
3、 |
融通手形の問題
貴方が取引先のA氏と以前から互いに融通手形を交換していたとします。
ところが、このAが倒産し、A振出の手形は全部不渡りになる見通しだとします。
貴方がAに振出した融通手形は決済しなければならないでしょうか。
融通手形とは、御存知とことと思いますが、例えば売買代金とか工事代金の支払等の商取引の裏付けが全くなくて、ただ相手方に金融を得させる目的を以て発行された手形をいいます(以下単に「融手」と略称します)。
融通手形は、事例のように互いに融手を振出し合って交換し、相互に相手の信用を利用して金融を得る方法によって行われる場合が多いようです。
幾分後めたいことをするのですから、互いにやりあった方が罪悪感が多少でも軽減され、気が楽なのでしょうか。
このような融手は、満期日に双方が無事決済できれば、何と言うことはありません。
しかし、事例にあるように、不渡り等で決済できないとなると忽ち事故となります。
極めて危険であり、決して奨励できるものではありませんが現実には極めて多いのです。
まず第一にA自身から貴方に対して請求してきたときには、貴方は支払を拒絶することができます。
この場合、貴方が振出した手形は、まだAが手元に所持しているときで、双方がまだ手形を割引かないで手元に所持していた場合でも、また貴方が既にAの融手を割引いていた場合でも拒絶できることには変りありません。後の場合、自分は割引いて金を得たのにAからの請求は拒絶できるというのでは不公平ではないかと思われるかも知れませんが、貴方が割引いたAの手形は不渡りとなり、この割引先からの遡及されて裏書人として責任は負うことになるのですから同じことです。
次に、A以外の第3者が請求してきた場合にはその第3者が融手であることを知っていたと否とにかかわらず、貴方は原則としてその支払に応じ決済しなければなりません。
(昭和63年12月 35号掲載) |