萩の浦方に伝わる浜料理・沖料理・磯料理 【山口新聞連載2007.04→2008.03】
萩各浦の漁家のご主人や奥様にお聞きした内容をまとめました。


▲萩沖の離島・見島本村漁港に干されたホシザメ


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「真鯛あら煮丼」

かつて、まだ漁船が動力化される前の和船時代、北浦の漁師達も数日分の食糧を積み込み、沖泊まりしながら漁を続けました。沖での食事、おかずはもちろん漁獲した獲物。魚体に傷がついたものや小ぶりのものを食したそうです。忙しい漁の合間に時間を惜しんで調理するわけですから手間の掛かる料理ではなく、今でいう簡単クッキング。マダイなどは刺身で食べることが多かったようですが、毎日刺身ではさすがに飽きがきてしまいます。手間を掛けずに簡単にということで、マダイをブツ切りにして、船に積み込んでいる大根などの野菜も一緒に甘口醤油で濃い目に煮付け、それを丼飯の上に載せて食べるのが「真鯛のあら煮丼」。マダイの身はもちろん、マダイの旨みエキスが溶け出した煮汁がご飯に染み込んで、味は文句なし。食器も丼ひとつで済み、船上での後片付けも楽。


「アカウニ卵とじ」

ウニといえば生で頂くのが常識となっていますが、萩沖見島の知人宅でご馳走になった「アカウニの卵とじ」、これは今でも忘れることができない味です。知人のお母様が「見島の郷土料理のひとつです」と言って出して下さった卵とじ、一見するとウニを使った柳川鍋のような料理。ウニに火を通す料理なんて・・・・と思いつつ、頂いてみると感動的な旨み、やみつきになりそうな味でした。インターネットで調べてみると、ウニの本場、北海道でも「ウニの卵とじ」「ウニの柳川風」のレシピが見つかりましたが、いずれにしてもポピュラーな料理ではありません。見島の家庭では、ウニをタッパーウエアに入れてたくさん冷凍庫に保管しておられ、特段のおかずがない時など、「何もないから卵とじでも・・・・」といった感じで、ウニを惜しげもなく普段使いされると聞きました。なんとも贅沢な話です。


「ぐべ汁」

萩沿岸の磯場や防波堤に貼り付いている直径2〜3センチの貝、貝殻のカタチが傘に似ていることから、標準和名はヨメガカサ。萩地区での呼び名は傘が皿に転じて”嫁の皿”。島嶼部や漁家はもちろんのこと、沿岸部に近い農村でも、昔から親しまれてきた雑貝のひとつです。かつて北浦の沿岸地区各所で、春の農作業の始まる時期、家族総出で磯遊びに出かけ、海岸で調達した嫁の皿を材料に「貝飯」などに野外調理したとのこと。嫁の皿を使った萩沖見島の郷土料理が”ぐべ汁”。嫁の皿を出汁兼具として調味した白味噌仕立ての貝汁。最近では、嫁の皿が貴重品となってきたので、鷹の爪(カメノテ)やニイナ(小型の巻貝)を混ぜることもありますが、本式は嫁の皿のみで作るといいます。濃厚な磯の味と香りいっぱいの味噌汁で、食欲のない朝などでもごはんが進みます。見島の宿の朝食には、必ずこのぐべ汁が大きな椀の山盛りで出てきて、思わず頬が緩んでしまいます。


「ヤハデ背ごし」

”背ごし”は刺身の一手法で、アユやヤマメなどの清流に住む小型魚を、背骨を付けたまま極薄い筒切りにするもの。小型魚なので骨もそれ程強くなく、コリコリした食感で思ったよりも食べやすいものです。萩の漁家では、”やはで”(スズメダイ)を、この背ごしで賞味してきました。山葵醤油で食べる方もいらっしゃいますが、漁家での基本は酢味噌。春から夏にかけてのスズメダイは、小魚のくせに、驚くほど脂が乗っていて確かに美味、酢味噌との相性も抜群です。スズメダイといえば見た目も悪く、磯釣りの餌獲りとしてもっぱら邪魔者扱いですが、さすが漁家はきちっと美味しい物を見極めてきたわけです。萩をはじめとして九州山口の漁村で、このスズメダイを珍重し、背ごしを代表とする漁家料理として今日まで引継がれてきています。最近では、このスズメダイの旨さに気付く方が増えてきたのか、魚屋の店頭でも見かけるようになりました。


「あじタタキ丼」

萩名物のナンバーワン魚種は、”萩の瀬付きあじ”。刺身や焼物、フライや煮ものなどいろんな調理法で楽しまれています。先日、萩大島の瀬付きアジまき網船の船長さんに、「普段は瀬付きアジをどのようにして食べられていますか?」と質問したところ、この料理法が一番旨いと即答で返ってきたのが”アジのタタキ丼”。新鮮なアジを3枚におろし、包丁で細かく叩くように刻んで、温かいご飯に乗せてかき込むというシンプルなもの。味付は醤油、薬味は細かく刻んだ浅葱が基本。バリエーションは、薬味に生姜を使うパターン。また、アジを叩く時に、味噌を一緒に混ぜる味噌タタキも。さらに、叩いたアジに生の卵黄を混ぜて醤油で味を調える”アジの卵かけ丼”もお勧めとのこと。ちなみにこの4種の丼、試作して味見してみましたが、いずれもさすが漁師レシピと、納得の美味しさに感激でした。


「干フカぬた和え」

フカとは鮫のこと。先日萩沖の離島見島に行った時、漁港に見慣れない魚が干してあり、そばにおられた老婦人にお聞きしたところ、「これは地元ではフカと呼んでいる、ホシブカという人もおる」とのこと。萩の魚市場にも時々ホシザメやナヌカザメが水揚げされ、湯引き等で食されるとは聞いていましたが、干物を見たのはこれがはじめて。見島での代表的な調理法は干したフカを細かく削いでネギと一緒に炒めて酢味噌で和える「干しフカのぬた和え」。かつて、見島では、船降ろし(新造船の進水式)や家屋の新築時の御祝い料理として、なくてはならない一品だったとのこと。さっそく漁家の奥様に調理していただき、試食させて頂いたところ、フカの身の旨みが凝縮された味わいで、クセや臭みも全くなく、温かいご飯との相性も抜群でした。


「あご団子汁」

「あご」とはトビウオ類の地方名。勢い良く水面をジャンプし滑空する姿から、威勢の良い魚とされ、萩地域でも、子供たちの健やかな成長を願う端午の節句などになくてはならない縁起魚でした。萩市三見浦では古くから初漁のトビウオを神様に捧げる風習があり、こちらは大漁と海上での安全を願うもの。かつては萩市見島でもトビウオ漁は島のメイン魚種、6月から初秋にかけて宇津沖で大人数が繰り出して集団操業をしていました。大量に漁獲されるため、刺身や焼き物などで、漁家でも盛んに自家消費されたようです。あれだけのジャンプをする魚なので、身はとにかく弾力に富んでいて、しっかりした歯応えと、濃い旨みが特徴です。“アゴだし”といって、乾燥したトビウオを出汁に使う家庭も多く、旨み成分の多いお魚の証明です。トビウオを使った浜料理の逸品が「あごの団子汁」、新鮮なトビウオをすり身にして、澄まし汁仕立てにした椀。多少手間はかかりますが、トビウオ独特の旨み・食感を味わえる優れた料理法だと思います。


「嫁の皿飯」

嫁の皿は沿岸部の磯や港の防波堤に付着しているカサガイの仲間。磯に出れば誰でも簡単に採ることができ、古くから味噌汁のネタや煮貝などに使用されてきました。萩の島嶼部の郷土料理「ぐべ汁」は嫁の皿の味噌汁です。今回ご紹介する嫁の皿飯は、殻を除去した嫁の皿を具に使った炊き込みご飯。貝の旨みとコクが味わえる素朴な料理です。漁師料理というよりは、海辺に近い農家の料理です。かつて、農繁期が始まる前の3月下旬の頃、忙しくなる前の家族団らんの行楽行事として、一家総出で近くの海岸に弁当持ちで遊びにいったとのこと。その際、海岸で火を起こし、子供たちが現地調達した嫁の皿を具に、炊き込みご飯を炊いて楽しんだとのこと。この風習は今では廃れてしまいましたが、「磯遊び」「磯あけ」という名称で、長門海岸沿岸地域の郷土資料に登場します。


「サゴシ生鮨」

サゴシとはサワラの50cm級までの若魚のこと。漢字では「狭腰」と書き、スマートな魚体を表わしています。秋口になると大きな群れが萩の湾内に回遊、定置網等で一時に大量に漁獲されます。成魚サワラは文句なしの高級魚ですが、サゴシは脂が十分乗り切っていないため1尾200円などと安価で取引されます。釣り漁の混獲で獲れたサゴシは、市場に出すほどのこともなく、もっぱら漁家で自家消費されてきました。刺身や焼き物で賞味するほか、生鮨で楽しむことも多かったようです。サバの生鮨とはまた違った旨みと風味があり、さっぱりとした味はなかなかのものです。その他、すり身にしたサゴシを団子状に丸めて油で揚げる料理や、細かく刻んでネギと味噌を合わせ丼にするサゴシ丼など、漁協女性部の皆さんが、安いサゴシを美味しく食べるレシピを工夫しています。


「イカ飯」

ケンサキイカやアオリイカなど高級イカの産地である萩では、スルメイカは「鬼イカ」などと呼ばれ、その評価は驚くほど低いのが現状です。漁師さんも、ケンサキイカ釣りで混穫されるスルメイカは、イケスに入れず、そのまま海に捨てることもあると聞きます。確かに高級種のケンサキイカに比べて身質が硬く、生食での甘み旨みの点ではかないませんが、加工調理すればそれなりに美味しいイカです。その代表的な料理がイカ飯、イカの胴にもち米を詰めて、醤油・味醂・清酒のタレで煮付けるおなじみの料理法。ゲソ(腕足)の部分も細かく刻んでもち米に混ぜます。イカの旨みが染み込んだご飯は風味豊かで美味しく、見た目も結構豪華です。また、漁師料理として有名な「イカの沖漬け」、こちらは活きたスルメイカを船に用意した醤油タレに漬け込む船上仕込み。萩でも数少なくなりましたが、漁師さん直営の食堂などで入手することができます。


「ヒラソ洗い」

ヒラソとは、高級魚ヒラマサの萩での地方名。秋の深まりとともに萩沖には大きなヒラマサの群れが回遊し、主に釣り漁で漁獲されます。姿形はブリにそっくりですが、身質はブリよりきめが細やかで、脂も格段に上品な感じがします。ブリの刺身が比較的厚切りなのに対して、ヒラマサの刺身は薄めのそぎ造りにすることが多いようです。最も美味しい料理法は”洗い”。これには活きたヒラマサが必要ですので、まさに漁師料理の代表と言えます。漁船のイケスからヒラマサを網で掬い、その場で活き締めに、急いで台所に運び3枚におろし薄造りに引いた身を、氷水でキリッっと引き締める。皿に盛られた身には上品なサシが入り、見るからに美味しそう。筆者は萩沖見島の漁師さん宅でご馳走になりましたが、今でも忘れられない清冽な味でした。


「ぼてこ汁」

”ボテコ”とはカサゴの地方名、関西では一般に”ガシラ”、九州では”アラカブ”とか”ガラ”と呼ばれ、いずれも濁音が付くのは、そのゴツゴツした姿形が由来だと思います。そのボテコを使った萩の郷土料理に”ぼてこ汁”があります。ご覧の通り、中型のボテコを丸々具にした味噌仕立ての汁です。身のある部分を隅々まで箸で突いて、エキスは汁に溶け込ませる、見た目のわりには食べられる身の部分が少ないこの魚の特徴を生かした、とっても合理的な調理法です。今では、萩を代表する郷土料理としてポピュラーになりましたが、起源はれっきとした漁師料理。かつて船上で簡単に作れる「おかず+汁」共用料理として、カサゴだけでなく種々のお魚がこのように汁にして食されました。山形県など東北日本海地方では、木皮の器に、カサゴと水と味噌を入れ、その中に熱々に焼いた石を入れて沸騰させる漁師料理「わっぱ汁」が有名です。


「漁家の干しイカ」

別名”イカの女王”とも呼ばれるケンサキイカ、それを天日で干し上げた商品は、”一番スルメ”として高い評価を得てきました。秋になりケンサキイカの多獲期になると、あちこちの漁港でイカ干しの風景に出会います。先日訪れた見島宇津の漁港岸壁では、ご主人が水揚げされたばかりの活きたケンサキイカを、奥様がその場で手早く開いていく様子を拝見しました。スダレ状に干され海風になびくイカの身は、無垢の純白でかすかな透明感も。漁家の自家製干しイカは、こんな超新鮮な状態で作られるのだと、改めて感心。当日の夜、お酒のつまみに期待通りに干しイカが登場、ソフトで甘みがあり市販の干しイカとは一線を画する極上の味でした。これから秋が深まると”ドンコ”(アオリイカを見島ではこう呼ぶ)の季節、都市部では超が付く高級種アオリイカも、ここ見島では活きたまま干しイカに自家加工され、酒宴の友となるようです。


「ヤズ漬け丼」

「生の刺身ばかりでは飽きが来てしまう」ということで、ヤズなど青魚の刺身を醤油・酒・味醂の調味液に漬け込んで、味が染み込んだ頃合をみて食べるのが「漬け」。江戸前に生まれた早寿司(現代の握寿司)も、ネタは調味液に漬け込んだ「漬け」が多く使われていたそうです。濃い調味液に漬け込むことで酸素をシャットアウト、鮮度劣化を抑える働きもあり、保存の観点からも大変合理的と言えます。この「漬け」をご飯にトッピング、山葵や生姜を効かしてかき込む「漬け丼」は、かつての船上での定番料理、全国各地の漁師さんたちに親しまれてきました。旨みや脂の少ない若魚の味を補う料理法としても各地に普及し、萩ではヨコワ(本まぐろ若魚)やワカナ・ヤズ(ブリの若魚)が「漬け丼」の素材となっています。また、刺身の残りを「漬け」にして保存、翌日に消費するなど、お魚を無駄にしない食べ方としても有効な調理法です。


「干しふぐ」

お正月のおせち料理に入る煮しめ、全国的にはカチカチに干した棒だらを使用しますが、萩地区では、シロサバフグなどのフグを天日で干した「干しふぐ」が使われてきました。新年の「福」を招く料理素材として、漁家はもちろん萩の町中の民家にも、年末になるとフグを軒下に吊るして干してあったとのこと。今では、萩市内の老舗加工場がごく少量お得意様向けに製造する程度で、なかなか手に入らない稀少品となりました。煮しめの作り方は、米の研ぎ汁に1週間程度漬け込み、研ぎ汁を交換しながらじっくり戻し、さらに番茶でアクを取りながら煮込んでいく、出来上がるまでそれこそ気が遠くなるほど時間のかかる、まさにスローフードの極みと言った感があります。手間隙が掛かった料理だけに、もちろんその味わいは格別です。


「どんこ一夜干し」

「どんこ」とは、イカ類の王様とも称されるアオリイカのこと。萩では一般にミズイカと呼ばれますが、見島や大島などの島嶼部では、そのずんぐりした体形をとらえてこう呼びます。寒さが厳しくなってくると、イカ漁はケンサキイカからアオリイカに移行、港近くに広場にあるイカ干し場には、ドンコが干されるようになります。都市部では最高級のイカと珍重されるアオリイカも、見島や大島では普通のイカ、天日を受けて風に揺られています。見島の港で船待ちしながらその様子を眺めていると、漁家の奥さんが「1枚持っていく?」と嬉しいお言葉。軽く炙って食べたアオリイカの干物、肉厚があって深い旨み、さすがイカの王様と納得の味でした。漁家の奥さんによると売り物ではなく、もっぱら自家消費、もしくは島を離れた子供たちに送るとのことでした。


「メバル医者殺し」

早春を代表する魚、別名「春告魚」とも呼ばれるのがメバル。淡白で上品、しかもプリプリと弾力のある白身は万人の好むところです。代表的な料理法は煮付け。身離れもよく、頭とヒレと中骨だけがきれいに残ります。この残ったアラに熱湯をかけて啜ることを、北浦地方では「医者殺し」もしくは「医者いらず」と呼んできました。由来はお魚の栄養分を最後まで摂取することで、健康に過ごせる(お医者さんがいらない)というもの。お魚のエキスを最後まで味わい尽くす庶民の知恵です。もちろんカサゴやマダイ、イトヨリなど白身の魚種であれば、同じように「医者殺し」ができます。また、メバルの焼き身をほぐして、味噌と一緒にすり鉢で合わせ、ご飯にかけて食べる漁師料理、瀬戸内沿岸地方では「さつま」と呼んできたようですが、これも隠れた郷土料理だと思います。


「鬼イカ沖漬け」

「鬼イカ」とは、スルメイカのこと。この地方名の由来は、優しい印象のケンサキイカに比べ、姿形や眼つきが鋭い感じで、身質も硬いところからきているようです。高級種ケンサキイカの産地である萩では評価が低いものの、スルメイカは日本を代表するイカ、特にその内臓が持つ濃厚な味と独特の旨みは捨てがたいもの。その特性を活かした調理法が「沖漬け」です。釣り上げたイカを活きたまま漁船に用意した醤油桶に入れ、身体全体に調味液を行き渡らせる手法。あまり大型のスルメイカより、毎年3月頃に獲れる胴長20センチ程度の小型が身も柔らかく沖漬けには向いています。昨年より県漁協・玉江浦支店(萩市)が、この沖漬けを商品化、一般販売がスタートしました。



情報提供:萩沖日本海の旬市場 道の駅「萩しーまーと」